音楽昔話(2)
2月20日に(1)を書いてから随分と経ちますが、音楽昔話の2回目。昭和47年頃。
フォークが世の中に広まり始めた頃の時代。でも今のように情報の流通が早くないので一部の人たちの間に留まっている時代。谷村さんがロックキャンディーズを解散してアリスを作った頃であり、吉田拓郎さんが「結婚しようよ」で一般にも知られた頃。
中学時代の私は、仲間達を集めて、守山区の区民ホールを借り切って「フォーク守山城コンサート」を開催しました。当時は フォーク○○村 と言うのが流行っていたので、それを一捻りしたつもり。自分のやりたいことを仲間集めてやってしまおうと言うのはこの頃も今も変わりないなぁ。
あの当時うちのグループのスーパースターはやっちゃんこと中西君。加藤和彦っぽい感じで、ヤマハのいいギターを上手に弾いてました。今どうしてますかね? 彼の親戚がチェリッシュのマネージャーと言うことで愛知県体育館あたりで開催されたフォークジャンボリーに行くことに。
親戚を尋ねたらチェリッシュの楽屋にも入れてもらえるとのことで楽しみにしていたのだけど、約束の時間に中西君が20分も遅れてしまいました。会場に着いて、ガードマンの人に「チェリッシュのマネージャーの○○さんに取り次いでください。」と頼むものの、怪しいことを言う中学生3人組みにしか見てもらえず、真剣に取り合ってくれず、最後には「しょうがないなぁ、特別にいれてあげるから大人しく観ているんだよ」と客席に入れて貰っておしまい。チェリッシュに会いたかったのになぁ。
この中西君達と10人ほどで開いたコンサートですが、中学生が自分達だけの力でコンサートを開いた、と言うことが話題になり(今じゃそこら中でありそうな出来事ですけど)、中学生群像(最近では中学生日記)の1回分のテーマとして取り上げられたのは懐かしい思い出。番組の冒頭か最後に「本人」たちの演奏を出すか、と少しだけ演出側で議論されましたが、オーディションを受けていない「歌手」の出演は不可、と言う判断で我々は出ませんでした。
中学1年の時にジローズの「涙は明日に」がロイジェームス不二家歌謡ベストテンの8位くらいにランクされたのが、嬉しかったなぁ。中2の時にジローズは解散。後から考えると、この頃ベストテン番組に出るフォークの皆さんて、歌謡曲の作詞家・作曲家に歌を作って貰っての作品が多くて、純粋にオリジナルのフォークでテレビに出たりすることって少なかった時代なんですよね。
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